地球上で最初のP2Pレンディング Zopa誕生物語 前半

地球上で最初のP2Pレンディング Zopa誕生物語 前半

世界初のP2Pレンディングサービスはイギリスから生まれたZopaでした。

そのZopaのCEOであるギルス・アンドリュー氏が、Zopaの誕生秘話やソーシャルレンディングサービスのトレンドに関して、イギリスにおけるフィンテックの有名コメンテーター、クリス・スカイナー氏のインタビューに答えました。

Zopaは4枚のパワーポイントから生まれた

――そもそもZopaはどのようにして始まったのですか?

実は、これは元々私のアイディアではありませんでした。元々3人のチームがパワーポイント約4枚にこのアイディアをまとめていたのですが、アイディアの優位性を認識しておらず、融資を得る方法も分かっていなかったのです。私はそれを手伝ったのです。とても素敵な体験でしたよ。

――それが2003年から2004年にかけての出来事ですか?

2004年はちょうどこのアイディアが孵化したタイミングでした。たしか、私は2004年の春にチームに加わり、夏に資金を調達し始め、秋には最初の資金調達を終えました。そしてようやく2005年3月にこのアイディアをローンチすることにいたったのです。

――そして、これが地球上で最初のP2Pレンディングだったと?

はい。

――そして今、世界中のほとんどの国でコピーされています。

そうですね。世界中で用いられております。

――この事業を開始されてから11年間で、何が変わったのですか?

基本的な考え方は変わってません。お金を持っている人々とお金を必要する人々とを効率的に繋ぐ手段を確立させることで、顧客に高価値を提供する。その目的を公平に達成するために、銀行を介さない。これが通常の預金という方法ではなく、マーケットプレースにて人々のお金を繋ぐという方法だったのです。
元々のビジョンではすべての個人間でのやり取りは、すべて個人同士で行われるように設計していました。いまそのアイディアは、ほかの資本供給を行う多くの企業と同じく、微妙な形態の変更を重ねています。私たちの場合は消費者にのみに資金を貸しますが、他の融資モデルも数多く存在しています。例を挙げるならば、小売業を営む方々はFunding Circleなんかで資金を調達しているのではないでしょうか。たとえその場合であっても、基本的な考え方である、「何かをしたくてお金を必要とする人と、お金を持っている人とを繋ぐ」ということは変わっていません。
マーケットプレースでは、銀行や銀行のバランスシートを介していないので、自己資本規制だとか、満期返戻金だとかという煩わしいことは全く必要としません。したがって、マーケットプレース上でより効率的なシステムを作ることだけでなく、貸し手と借り手が貸付契約を理解し同意することで、より安定的なシステムを作ることとなったのです。これは、短期借入及び長期貸付が蔓延したことで、金融市場を崩壊させた、2008年の世界的な金融危機のような状況を回避することができるということにもつながります。
何度も申しますが、基本的な考え方は変わりません。これは、世界中で著しく一貫しているのです。ただ、当局によるこのアイディアへの対応方法は異なります。世界中の様々な市場での規制当局は、基本的なビジネスモデルの微妙に異なる解釈を必要としています。いくつかのケースでは、異なるライセンスや、異なる許認可が必要であります。時には銀行の関与を必要とする場合もあります。例えば、米国では、有価証券の発行と販売は貸付金を目的としていなくてはおらず、銀行を経由しなくてはなりません。ドイツでは、国内の銀行免許が関与してきます。ただ、どのような状況であったとしても、世界中には私たちが作った基本的なアイディアが浸透していると言えるでしょう。

金融危機が生み出した飛躍的な成長

――2008年に金融危機が世界を襲い、銀行の信用が干上がった際に、あなたのビジネスは飛躍的な伸びを見せました。その際の需要が、未だにこのビジネスを支えてきていると考えてもよいのですか?

未だにその際の需要がこのビジネスを支えていると言えるでしょう。私たちの成長において、2008年は重要な転換点となりました。私たちの成長とあの金融危機の因果関係をはっきりさせることは容易ではありません。ただ、当時3年目だった私たちはトラックレコードを刻みました。私たちは、ディールをより多く実現させることを優先していました。これは、危機が金融業界を襲った時には、既に私たちのビジネスモデルはある程度は成熟しており、多くの結果を既に残していたということを意味するのではないでしょうか?この点でいうと、間違いなくあの危機は私たちをここまでの規模に成長させるための要因を作ったと言えるでしょう。もっと私たちのビジネスモデルが未熟で、実績を上げていないときに、あの危機が起こっていたのだとすれば、おそらく私たちはこの恩恵を受けていないのでしょうね。したがって、危機が私たちを助けたというよりかは、危機の時期が私たちを助けたというべきでしょうね。多くの新しいビジネスは、起業家が考えているよりも顧客はそのビジネスに慣れるまで時間を要するとはよくいうものです。ただ、飛躍的な成長を促す外的要因に関しては、あなたが考えるよりもトラウマになるくらいに急に起きるのです。それに着いていくことができず、機を逃すことは往々にあることを考えれば、私たちは幸運だったと言えるでしょう。

――私たちが最初に会ったときには、ソーシャルレンディングの概念は非常に聞き慣れないものだったこと覚えています。

これは完全に偶然だったのですが、私たちの初期の顧客ベースには、多くのIT専門家を有していました。それを私は合理的に利用したのです。私たちはITを最適に使っているということを、専門家である彼らに敢えて見せました。これにより、私たちのビジネスモデルはITも適切に使ってるという、彼らが最も注目する点において評価を得たのです。IT専門家からはこの適切なITの利用という点をもとに信頼を勝ち取り、「人々がどのようにお金を貸して、どのようにしてリターンを得るのか?」というような根幹の心配を払拭することに繋げたのです。後知恵ではありますが、これが一般の方には聞き慣れないサービスであったにもかかわらず、顧客数を伸ばしていったことの背景にあると思います。ちなみにIT専門家は早期のユーザーベースであると同時に、未だにほとんどの方々が私達の顧客であります。

変化する顧客層と拡大する取引量

――カスタマーベースはどのように変わりましたか?

驚くべきことに、最初の1~2年は、借り手の平均年齢が、貸し手の平均年齢よりも高かったのです。これはおそらく、私たちが過度に厳格な信用リスクの管理をしていたからだと考えられます。当時の借り手は、基本的には私たちの一切の融資を必要としないくらいに裕福でなくてはなりませんでした。また、その当時は貸し手が若かったのです。彼らは若かったこともあって、一般的に非常に少量のお金を貸していました。彼らは特段に裕福ではなかったからでしょう。
ビジネスが成熟し、徐々に変化していくうちにこれも変わっていきました。いま私たちのビジネスにおける貸し手の平均年齢は、借り手より10歳も年上です。典型的な貸し手は50代前半でして、これから数年は高齢化していくでしょう。これは、彼らが多くのケースにおいて裕福であり、より保守的になっていくことを意味します。
これはとても私たちにとって、大変魅力的なことで、Wired(先端のビジネスを紹介する雑誌)ではなくて、Daily Telegraph(イギリスの保守的な日刊紙)に取り上げられるようになっているのです。このようなこともあり、顧客基盤や様々な観点からのコメントを参考にしながら、随時ビジネスモデルを変更しています。

――直近の取引量を教えていただけませんか?

私たちは月次ベース4500万ポンドを貸し、今月には5000万ポンドになると予測しています。

――それは貸出量が前年同期比で倍増していることを示していますよね?

はい。我々は2008年以来、ほとんどの年において、取引量を倍増させ、今年もその軌道に乗ってます。

――金融市場のメインストリームと比べたら、まだまだ規模は小さいと思われますか?

私たちは今、約2%の市場シェアを持っています。今でも覚えているのは、私たちがビジネスを始めたときに、ベンチャーキャピタリストに対して、「元々の市場規模が大きいから、私たちはたった1%のシェアを確保することで十分だ」なんて言っていました。キャピタリストたちは、「1%で十分だが、最初に1%を確保することが最も困難なことだ」と言っておりました。我々は、英国の無担保消費者ローン市場の約1%のシェアをようやく昨年に達成し、今年は約2%を取りに行ける水準になりました。

――これは、前年同期比で倍増していますよね?

倍増しています。これは最近、シェアの拡大が急速に、確実になってきていることを意味しているので、我々はすぐに2桁の市場のシェア獲得することができるということも意味しています。もちろんそのためにはいくつかの点で私たち自身がレベルアップをする必要があるでしょう。

(後半へ続く)

当記事は、2015年7月にスカイナー氏が、自身のブログにて発表したインタビュー記事を翻訳したものです。